第一章『黒い華』 第三節

≪クロノ Side≫


「――ふむ、なるほどのう」

先日の黒い華について話がしたいと、オルランドに呼ばれ、朝食を適当に済ませた後、一人で彼の私室を訪れていた。
イスカは別件で身動きが取れず、背中にいわれのない罵倒を受けながら部屋を出てきたのだった。

「すまない。僕の権限では情報にかすりもしなかったよ…」

何か分かればと期待していたが成果は皆無に等しいと説明され、当のオルランドは話し終えると申し訳なさそうに俯いた。
彼自身も黒い華については興味を示していたこともあり、残念さは人一倍であったのかもしれない。
少しばかり、声をかけにくい雰囲気をかもしだしていた。

「僕の権限で調べられる資料や報告書のバックナンバー、あとはデータベース内の情報なんかも調べてみたんだけど……そのどれにも、黒い華に関するようなものは見つけられなかったよ」

「わしらだけで調べておっても、たかが知れておったじゃろう。それだけ分かれば十分じゃ、礼を言うぞ」

彼の種別は管理で、階級は一位非限定だ。
イスカも同じ管理であるが、階級は二位限定。
上位階級でより多くの情報の閲覧権限を持つオルランドが調べて出てこないのであれば、イスカはもちろん、専門外である自分が調べても新たな情報は得られないだろう。

「可能性としては二つ。単純に過去に例がないものか、ギルドが知りえていないか、だね」

オルランドはそう言って、自分のティーカップに口を付けた。

「何を言う、もう二つあるじゃろうが」

「二つもかい?」

オルランドがティーカップをテーブルに置いたのを確認してから、話を続けた。

「一つは、うぬの見落とし」

「……結構きついよね、君は…」

「これも色男のさがとでも思うがよい。さてもう一つじゃが――」

「………」

「ギルドがその情報自体を隠しておるか、じゃろうな」

「……なるほど、あまり穏やかな話じゃないね」

お互いに少し黙り込む。
ギルドの傭兵所属であるクロノの立場としても、この可能性は考えたくない。
所属するギルド自体が裏で情報の隠蔽工作を行っているのであれば、それを調べようとしている自分だけでなく、目の前のオルランドや、イスカにも何かしら手を打たれる危険性がある。
オルランドも同じことを考えているのか、俯いて床の一点を見つめたまま静止している。

「……そうじゃ、オルランドよ。黒い華に関する報告書は、既に上に出しておるのか?」

「あ、ああ。君たちから話を聞いた翌日には提出しておいたよ。その時に僕の方から脅威になりうる問題として念を押しておいたんだけどね、あまりは反応は良くなかったよ」

「そうか……しばらく様子見じゃのう…」

「この問題は僕の方で引き続き気にかけておくことにするよ。君とイスカは普段の任務に集中してくれるかい?」

「心得た」

自分の獣耳の後ろ辺りを手で掻きながら、ソファに深く腰を下ろした。

「ふむぅ…」

オルランドの報告を聞いて、ひとまず手持ちの情報だけで思考を働かせる。
おそらくギルド内で調べられる情報はもう無いだろう。
そして得られた情報は無く、進展も無し。

「(手詰まりじゃろうか…)」

そもそも隠蔽されたなどといった大袈裟なものではなく、一過性で小規模な些事であったのかもしれない。
何も起こらなければそれで良いし、取るに足らぬ一件であれば、という希望的観測もある。
何はともあれ、自分にできることは少ないだろう。
この一件はオルランドに任せておき、自分の中では横に置いておくことにしよう。
それに、難しいことを考えるのは、正直、自分には合っていない。

「……よし、いささか場の空気が重い。少しばかり変な質問をさせてもらうとしようかの」

「んん?」

「イスカがもし、うぬに夜這いをかけに来たら、うぬはどうする? 流されてもよいと思うか?」

切り替えた思考で、イスカと夜這いがどうこうの話をしたことを思い出し、軽く聞いてみることにした。
案の定、オルランドは突然の質問――というより内容にだろうが――に戸惑ったが、特に焦ることはなかった。

「……イスカがかい?」

「そうじゃ」

「さすがに、流されたりはしないと思うけど…」

「では、わしならどうじゃ」

「君だと闇討ちに来たのかと思ってしまいそうだね…」

「失礼じゃのう」

「イスカに比べて明らかに露出の多い服を着ている君を見ても、不思議と女性と話しているという感覚が無くてね」

「……それは、なんじゃ……かなりわしを、けなしておらぬか…?」

「いやいや、単に僕の目が節穴というだけだよ」

「上手く逃げ追って…」

「ああ、でも、昔の君のパーソナルデータを見たけど、子供の頃は髪も長くて大人しそうな感じで可愛らしかったね。まさに小動物といった感じだったよ」

「な…」

「しかし、どうしてこうなってしまったんだろうね。それとも、大人しそうだったけど昔からこうだったのかな? かなり興味深いね」

「よ、余計なお世話じゃ…! わしはもう行くぞ…!!」

「ああ、ろくに構えもできず申し訳ないね」

そう言いつつ、オルランドは穏やかな笑みを浮かべている。

「(ったく、食えぬ男よ、全く…)」

出されていたアイスティーを飲み干してから立ち上がり、足早に出入り口へと向かう。
その時、微かに風の流れに淀みを感じた。

「……のう、オルランドよ。この部屋、前に来た時よりも風が淀んでおらぬか?」

「淀み? ……あ、ああ、昨日から換気をしていなかったかもしれないね」

「ふむ、なるほど…。女性に見られておらぬというのは、割と本気だったようじゃのー、ああー」

「よし、じゃあ、次のもてなしは期待しておいてくれるかな、クロノ嬢」

「……言っておいてなんじゃが、少し鳥肌が立ちおった。普段通りで頼む…」

少しばかり寒気もした。
慣れていないせいだろうが、どうにもむずがゆくなってしまったようだ。
その後、出ていく合間に、二、三の言葉を交わして、部屋を後にした。
自分の部屋に戻るとイスカが何故か仁王立ちで待っていたが、とりあえず夜這いだけはしない方がいいとだけ伝え、二度寝に突入した。



≪オルランド Side≫


「……さて、そろそろ監視はいいんじゃないかな?」

部屋の隅――クロノが出て行く際に一瞬だけ視線を向けていた場所――に語りかける。
はたから見れば、今の僕は虚空に喋りかけている変人そのものだったが、それはそこに立っている人物が“見えない”からだ。

「――監視の終了を決めるのは貴方ではありません」

「それじゃあ、僕の監視はいつとけるのかな?」

「――貴方は命令に従いました。明日には厳重監視下から外れます」

「よかった、ずっとだったらどうしようかと思っていたよ」

声色は中世的で男性とも女性とも取れる。
歳は少年少女のそれに近いもので、歳は重ねていないように思えた。
もっとも、イスカのようなケースがあるから一概には言えないが、少なくとも大柄な人物とは考えにくい。

「……ちょっと、失礼だったかな」

「――何がでしょうか」

「いや、なんでもないよ。しかしなんだ、君も僕の独り言に反応するなんて意外と律儀なところがあるね」

「―――」

どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
話題を変えるとしよう。

「……さて、僕は君に従い……というより、君をよこした上の方の命令に従い、クロノに真実を伝えなかった。今後も僕はこの真実をクロノには話さないだろう。僕だって命は惜しいからね」

「――賢明」

「でもそれは僕の言葉だ。もしかしたら僕が突然に正義感に突き動かされて、死ぬことを覚悟してでもこの事実を周囲の人間に発信するかもしれないよ? 今すぐにでも殺しておくべきじゃないのかな?」

「――私が貴方を殺すかどうかは、貴方が決めることじゃない」

「それもそうだね。命令を真摯に遂行する君の姿勢、少しはクロノも見習うべきかもしれない」

「――貴方は、よく喋る」

「すまない、姿が見えない相手というのは落ち着かなくてね。その、なんだ、姿を見せてはくれないだろうか」

「――貴方に姿を見せる義理はありません」

「だろうね。無理を言って悪かったよ、気にしないでほしい」

他愛もない会話をする中で、少しずつ探りを入れる。

「(とりあえず、今後の僕の動き次第か…)」

わざわざ刺客をよこしてまで脅しをかけるほどに重要な内容ではあるが、それゆえに波風を立てることにも細心の注意を払っているのだろう。
僕に何かあれば、間違いなくクロノやイスカが不審に思い、すぐさま本格的に動き出す。
そうなれば、今回は僕だけであったが、より多くの人間を頼って大きな規模で調査を始めるだろう。
本格的に行動を起こされる前に、この一件について相談を受けた僕本人の口から、それとなく気をそらすようにしむけさせる。
その見届け役として、“姿の見えない”この人物をよこした。
やりかたとしては回りくどいが、たしかに有効と言える手段だろう。
……もっとも、それがごくごく一般的な人物であれば、だが。

「――どうして笑っている」

「いや、僕は未知のことに対する興味が人一倍強いんだ。どうして君の姿はおろか、声以外の音すらも聞こえないんだろうと思ってね」

実際は、クロノがそう簡単に手を引くわけがない、と思って、思わず笑みをこぼしてしまっていたのだが、口にした言葉も嘘ではない。
付け加えて言えば、さっきのクロノが獣の耳を手で掻いていたが、あれも前々から気になって触ってみたいなどとも思っていた。
黒い華も然りで、とにかく知らないことを知ることに人並み以上の快感を覚えるのだった。

「(……なるほど。たしかに病気だね、これは)」

「――貴方はおかしい」

「ははは、よく言われるよ」

「―――」

「さて、本題に戻ろうか。今後、“僕は”黒い華については調べない」

「――賢明」

「もちろん、“クロノやイスカの二人”には誤魔化すように振る舞おう。そう、上に報告してくれるかな?」

「――報告内容を決めるのは貴方ではありません」

「君はぶれないね…」

「―――」

僕が困ったようにそう言うと、その直後、相手の気配がふっと消えた……ような気がした。
さすがに姿が見えないので確信はなかったが、手当たり次第に歩き回ってみることでようやく気を緩めることが出来た。

「(……どうやら帰ったみたいだね。姿が見えないってのは厄介だよ、はぁ…)」

さてと、二人には申し訳ないけれど、これで僕は動けなくなってしまった。
黒い華について調べることも出来なくなったし、二人にも誤魔化すようにしなければならない。
もし仮に動くとしても、後にも先にも一回きりだろう。
このカードは最後の最後まで残しておこなければならない。
一通り、今後の自分の身の振り方を確認したところで、自分のカップにアイスティーを注ぎなおし、口につける。

「(……でもまあ、転んでもただでは起きないようにしないとね。僕は僕なりの正義を貫かせてもらおうかな)」

そして、“クロノでもイスカでもない”相手に、僕自身が行えない“黒い華の調査を頼むこと”を決めた。

「(クロノにイスカ、君たちはきっと間違っていないはずだ。不甲斐ない僕はひとまずここまでだけど、しばらくは二人だけで頼むよ)」

この日の未明、僕は今は使われていない非正規の回線を一時的に起動する。
そして、旧い知り合いの女性に頼み込み、渋る彼女に何とか頷かせることが出来たのだった。



(´・ω・`)やった、怒涛の更新よ。
と言っても、しばらくたってからここの文面見ても何の事だかわからないね、そうね。

ちなみに今回の第三節で第一章は終了です。
次回からはきっと第二章に入ります。


さてと、それじゃあ今回の裏話です。
何気にこの後書き書くのが好きです。

まずオルランドさん自身が、そもそも構想段階で居なかった人なんですよね。

なんでこんなに中核に食い込んでるのか分かりません(ぁ

というか、この人の口調って、割と出たとこ勝負なんで、全体見ると整合性取れてないと思います。
あと、実は前半のクロノ視点の部分の「上手く逃げ追って…」までは原稿には書いてあるんですが、そこからの掛け合いと、オルランドさん視点の話は影も形もなく、そのまま場面転換して、クロノが遠征を言い渡されて出かけるシーンが書かれる手はずとなっていました。
ですが、なんでかオルランドさんが語り始めました。
でもまあ、こうしたほうがいいかなとか思いつつ、原形をとどめるのが2割くらいになってしまう私としては仕方ないと思います、仕方ない(震え
ていうか、書いていて思いましたが、オルランドさんってやっぱ女たらしなんじゃないだろうか。
いや、誰に対しても丁寧なだけなんだろうか、誰か教えて。
ちなみにオルランドさん、しばらく登場しなくなりますが、まあ頑張ったのでしばらく休んでもらうことにします。

そういや、今回の“姿が見えない”人は、第二節-断頁-にて語られている『“いつも姿が見えない”彼女』と同じ人物であります。
彼女に関しては今後も出てくる機会がありますので、こういう子が好きな人は期待していてください。

あとなんだっけ、そういえばちゃっかりオルランドさんが旧友に連絡してますが、意外と監視って雑なんですかね。
まあ、流れ的にやばそうになったら、あとから助け舟を出してあげるかどうか決めたいと思います。
出さない場合もあります(ぇ

……裏話としてはこんなもんかな?
何か語り損ねたことがあれば、質問などどうぞ(´・ω・`)
あと誤植もきっといっぱいあるのです。
一応見たのは見たのですがね、こればっかりは…。


・w・)
でわでわ、またしばらくです。
スティーナ先生の次回作にご期待ください。