第二章『拳は剣よりも強し』 第一節

≪クロノ Side≫


「――遠征じゃと?」

「そう、遠征。しかも二週間の長期遠征よ」

端末越しに何か話しているイスカの声で目が覚め、ふらふらと顔を冷たい水で洗って帰ってくると、どうやら自分は遠征に行かされることになったらしい。

「とりあえず、これが今回の任務のブリーフィング資料よ、はい」

そう言いながら、イスカはこちらに一枚の資料を突きだして来る。
その資料を受け取り、最初の部分にだけ、さっと目を通すと、たしかに自分に対する遠征任務の通達の旨が書かれていた。


・任務通達
種別傭兵・階級第二位限定の『クロノ』に、遠方の村への遠征任務を命ずる。


「何故じゃ」

「オルランドさんがおっしゃるには、人手不足だそうよ」

「いくら人手不足とはいえ、わしに任せるとは無謀もいいとこじゃろう。オルランドも、もう少しマシな人間を推薦すればいいものを…」

「なんで胸張って言うのよ…。だいたいクロノはね…」

イスカはこちらを向いたまま、ぶつぶつ、と小声で呟く。
陰口を本人の目の前で、しかも目を合わせて言ってくるのはイスカくらいだろう。
資料を持ち直し、にくたらしい口に左右から指を突っ込んで、いーっ、っと伸ばす。

「遠征とはあれじゃろ。基本的には第一位の者がやるものじゃろ? まさか第一位の者が全員出払っておるわけでもあるまい」

「ひらなひはひょ!(知らないわよ!)」

自分の階級は第二位の限定であり、基本的に遠征任務が回って来ることは無い。
たしかに、腕っぷしには自信がある。
だが、任務を忠実に遂行できるかと問われれば自分でも首を捻るほどには任務中の目的外行動が多いのも自覚しており、遠征任務中はイスカから受けているオペレーター支援も無いので歯止めをかける人間がいないことになるので不安材料だらけだ。
こういったことからも自分は遠征任務には向いていないだろう。

「ふむー? わし一人で任務が務まるとでも思っておるんじゃろうか?」

「ひほり? なひひっへるほ?(一人? 何言ってるの?)」

イスカはわしの手を掴んで口から引っこ抜かせると、わしの持っている資料の下の方を指さした。

「ちゃんと最後まで読みなさい! ここに同行者がいるって書いてあるでしょ?」

「ふむ?」

イスカに促され、資料の下の方に目を移す。
するとたしかに、同行者についての記述があった。


なお、本任務については、種別衛生・階級特殊の『エフィルディアーナ』を同行とする。
本任務については同行者の指示に従い、任務の遂行に尽力すること。


「ほう」

「ほう、じゃないわよ、もう…」

イスカは続いて、もう一枚の紙を突き出してくる。

「これ、エフィルディアーナさんのパーソナルデータ。普段は私たちの健康面に関する仕事をしてくれているみたい」

「……ふむ…。小柄で可愛らしい顔をしておるの…」

「クロノ」

「そ、そう怖い顔するでない…」

「な に も し な い で ね ?」

「……はい…」


◇◆◇◆◇


――遠征任務の通達を受けてから三日が経過し、当日を迎えた。

「……ああ、本当に大丈夫かしら…。ああ、不安だわ……不安よ、クロノ…!」

わしが椅子に座って、通達の翌日に追加で届けられた資料に珍しく真面目に目を通していると、イスカが後ろから肩を掴んで前後にゆすってきた。

「ああ……三週間…! 三週間よ!? 二十一日間なのよ!!」

「イスカ、落ち着いてくれぬか…」

「落ち着けるわけないじゃない…!」

「なぜキレるのじゃ…」

さっきから資料が見えぬ、と言うとイスカは揺するのをやめてくれたが、相変わらず落ち着きなく部屋の中を行ったり来たりしている。
朝起きて朝食を採ってから、普段なら始めている頃の事務仕事にも手を付けず、ずっとこの調子だった。

「あまり気を揉むでない。任務中は、しっかりとエフィルディアーナの指示に従う。これでいいじゃろ?」

落ち着かせるために言った言葉だったが、どうやらイスカには届いていないようだった。
イスカは、とにかくぶつぶつ言いながら、部屋の物を手に取ってみたり置いてみたり、かと思えば掃除を始めてみたり、照明を消したり点けたりと、小さな身体でせわしなく動き続けていた。

「クロノも人様のところでは借りてきた猫みたいになればいいのに…!」

そうして唐突に立ち止まっては、こんなことばかりを言ってくるのだった。
心配するイスカの気持ちが分からないでもないが、二十四にもなってこの落ち着きのなさはどうだろうと思わなくもない。

「そんな切実に言われてものう…。おっと、そろそろ時間のようじゃな」

端末を手に取って確かめてみると、指定の時刻が迫っていることが示されていた。
まだ十五分ほどの余裕はあったが、遠征任務の勝手が分からない以上、早めに指定された合流場所に向かっておくに越したことはないだろう。

「ああ……ごめんなさい。クロノがごめんなさい」

「なぜ謝っておるのじゃ」

「エフィルディアーナさんに先に謝ってるの…」

「……そ、そうか…。では行ってくるでの…」

「あ、ちょっと待って!」

「ふむ?」

手荷物を持って歩き始めた自分にイスカは駆け寄ってくると、目の前で立ち止まり大きく深呼吸した。
落ち着こうとしているのか何度か繰り返した後、イスカは先ほどまでとは打って変わって、落ち着いた表情でこちらを見上げた。

「クロノ、頑張ってらっしゃいね」

そう言ってイスカは、こちらへと手を差し出してきた。
わしはその手を見てイスカに向き直り、半歩前に出ると――

「わっぷ…。ちょっと、なんで頭なのよ…」

その手を取らず、イスカの頭に手を乗せた。

「よいではないかよいではないかー、くふふ…」

「あ、ああ~、もうっ、ぐりぐりするな!」

すっと腰を落としたイスカが、宙で泳いでいた右手を握る。
そのまま間髪入れずに右腕を引き絞り、勢いよく前に押し出した。

「うげふ…っ」

その拳は見事に下腹部を捉え、堪らず片膝をついてしまう。
イスカの腰の入った突きが思ったよりもクリティカルヒットしたらしい。

「もうっ、こんな時くらい茶化さないでよね! ほら、分かったから行った行ったっ」

「お、押すでない! まだ腹が…っ」

「頑丈だけが取り柄なんだから、私に殴られたくらいで泣きごとなんて言わないの!!」

「む、無茶苦茶じゃー…」

結局、いつものようにぷりぷりと怒ったイスカによって、叩き出されるように部屋を出た。
なんとなく自分たちらしいと思いながら、殴られて熱を持った腹部を手でさすりながら、ふらふらと指定された場所へ向かうのだった。



≪六柱議会「六」 Side≫

「……では≪六≫の方を始め、それぞれ今回の特務における役割を果たしてください。特務内容の概要は熟知のうえ、修繕不可能な形で破棄を行ってください。以上です」

「≪四≫がヘマをしなけりゃいいがなぁ?」

「私も≪三≫の尻拭いだなんて、死んでも御免こうむりたいものね」

「ご両名は相変わらずですね…。少しは周囲に合わせるってことを……って≪五≫の方、その破棄方法では不完全です。足が付きますよ…」

「≪五≫はうるさい…」

「今回ばかりはうるさく言わせてもらいますよ…まったく…」

「あいかわらず賑やかだねー」

亜人である彼女が遠征という名目で遠方の村へと遠ざけられる日がやってきた。
六柱に属する自分を含めた全員には、それぞれの得意分野によって役割が与えられている。
この場に居ない“いつも姿が見えない”彼女は、既に≪一≫から任務を与えられて動いている。
かく言う自分もそれなりに面倒な役割を与えられているわけだが、事が結末を迎えることの期待感に比べれば、多少の面倒事も我慢できるというものだ。

「(でもまあ、面倒は面倒なんだよねー…。まあ、頑張ってみるけど…)」

「では、これにて最終確認を兼ねた六柱会議を閉じさせていただきます。我らにフォトンの導きがあらんことを」

いつもの言葉を全員が復唱し、それぞれがそれぞれの出口から部屋を出ていく。
自分も足早に部屋を後にし、与えられた役割の為に自室へと向かうのだった。

「(さてさてー、亜人の彼女はこれがただの遠征任務じゃないってことには気付いてるのかなー?)」

気付いていないのであれば、それにこしたことはない。
ただ、この長年の計画が盛大に崩壊してしまうことにも、多少なりとも興味があるのであった。

「(ま、面白ければそれでもいいけど、ね)」

浮かれているのか自然と足早になっていく足取りを制することもせず、そのまま自室へと向かうのであった。



≪クロノ Side≫


――予定の時刻まで十分といったところで、自分は指定された待ち合わせ場所についた。
まだ今回の任務の相方は見えないので、都合のいいところで腰を下ろして待つことにした。
それから数分して、ぱたぱた、という足音が耳に届き、顔を向けると小柄な女性がこちらに向かってかけてくるのが見えた。

「ごっめーん。お待たせしちゃったかなー」

イスカよりは少し背は高いくらいの小柄な女性が手を振り上げながら、元気そうにかけてくる。

「って、あれ。まだ時間じゃないよね?」

「あと五分ほどあるのう」

「うーん。君は不真面目って聞いたんだけど、意外と律儀だねー」

首を傾げながら心底不思議そうに言う彼女をなんとなく直視出来ずに目をそらす。

「不真面目…」

「あとは駄目な方の子供好きだとも聞いてるよ。強いて言えば小動物系が好きだとかなんとか」

「それは誰情報じゃ」

「君の相棒のイスカちゃん。事前にプライベート通信でデータをいくつか貰ったよー」

「(どれだけ信用されておらんのじゃろう…)」

「しかしまあ、ホントに耳がもう一個生えてるんだね。亜人ってのは不思議だよー。そうだ、あとで触診とかさせてくれるかな! いやもう、ホント珍しいというか興味深いというか、個人的には任務なんか後回しにしてじっくりと調べてみ……っとと、いけないいけない」

嬉々とした様子で喋っていた彼女だが、頭を掻きつつ唐突に言葉を切る。
それから彼女はわざとらしく咳払いをすると、こちらに向かって手を差し出した。

「エフィルディアーナ。長いからエフィって略してくれてもいいよー。種別は衛生で階級は特殊だよ、よろしくねー」

小首を傾げながら言う彼女の手を握り、自分も挨拶に応える。

「種別は傭兵、階級は二位非限定のクロノじゃ。よろしく頼むぞ、エフィ」

お互いに手を握り合う。
どうしてか繋いだ手をにぎにぎととされていたが、数秒してから彼女は満足そうに頷いて手を放した。

「亜人亜人ばっかり言ってて申し訳ないけど、手は普通なんだねー。もっと硬かったり、うっすら毛でも生えてるのかと思ったよー」

「そ、そうか…」

……オルランドの紳士的な部分を取っ払い、性別を女にしたらこんな感じだろうか、などと思いつつ目の前の彼女を見やる。
とりあえずは、少なくとも気を張っていなくてはならないような相方で無くてホッとした。
日頃が日頃なので、厳しい人間が相方になるだろうというのは十分に考えられたからだ。

「なるほどー。よしよし、全身の触診はまた今度にするとして――」

「さてと、自己紹介も済んだし、改めて任務の詳細をボクの方から説明させ――」

「ボクっ娘じゃと!」

「……今、君のことがだいたい分かった気がするよー」

「すまぬ、続けてくれ…」

初の遠征任務、どう考えても前途多難に思えて仕方なかった。
今から辞退しようかなどと本気で思ったが口にするわけにもいかず、せめてもということで普段以上に全力で、彼女の説明に耳を傾けることにした。


◇◆◇◆◇


――詳細な任務内容はこうだ。
遠方の村――ルニア村へと出向き、現地にて環境調査を行うとともに村民の健康状態を調べ、必要であれば治療を行う。
なお、周辺の調査も加えて全員の健康状態を調べるので、任務期間である三週間のうち滞在期間は二週間。
自分の任務は、ギルドと村を行き来する際や周辺環境での調査の際のエフィの護衛となっている。

「ふむ、適材適所なのはいいんじゃが、わしは意外と暇なのじゃろうか?」

「行きと帰りがそれぞれ二泊三日。現地での環境調査にだいたい三日か四日くらい使って、あとの十日間は健康調査だね。だから十日間くらいは暇になると思うよー」

三日かけて村まで行き、村での周辺調査で三日か四日ほどを使い、それが終われば村民の健康状態を十日かけてじっくりと診て回り、それが終われば、また三日かけてギルドに戻ってくるという予定になっているらしい。

「温泉が名物の村みたいだから休暇気分で過ごすといいんじゃないかなー」

と、彼女はそう口にしながら、荷物の最終確認をてきぱきと進めていた。
端末とは違った小型の機器や薬品などを一つ一つ丁寧に確認し、それをまた丁寧に詰めなおしている。
対して自分に用意された荷物には、野外宿泊用の簡易テントや行きの分の食料や調理機器などが詰め込まれており、軽く五十キロはくだらない重さになっていた。
これを背負って一時間ならまだなんとかなりそうだが、二泊三日の間、これを背負って移動するのだと考えると、少しばかり気が重い。

「重すぎじゃろ、これ…」

「うーん、持ってあげられたらいいんだけどねー…。ボクはこれで精一杯だよー…」

エフィは自分のものと比べて半分ほどの大きさのリュックを背負ってみせるが、それでも何となく足が震えていた。
そのまま歩いても見せたが、重心が後ろにあるせいか前かがみになって歩く形になる。

「……うん、毎回のことだから言うけど、これのせいで腰にくるよ…。温泉が無かったら絶対に行かない…」

「……左様か…」

出発前からぐったりしてしまうことを聞いてしまったが、荷物の確認を終えた自分たちは、ひとまず何事もなくギルドを定刻通りに発つことが出来た。
天候は良好、風は穏やかで心地よく、絶好の任務日和であった。



≪??? Side≫


「そうだクロノ。君は遠征任務が初めてなんだっけ? って、二位だから当然か」

「うむ」

「ルニア村はいいところだよー。とにかくのどかで、ご飯がおいしい。ここから遠いから、滅多に行けないんだけどねー」

「ふむ、それは一つ楽しみができた」

「まあ、遠いんだけどねー…」

「なぜ二度も言うのじゃ…」

――ギルドの壁外へと監視対象の二名が出たことを確認し、その後、彼女らの声が聞こえなくなるまで待った後、報告の為に≪一≫へと端末でコールする。

「――対象、ギルドを発ちました」

『了解です。では≪零≫の方、今後も手はず通りに行動してください。それと…――』

「―――」

『貴方の能力を信用していないわけでありませんが、重ね重ね慎重に願います。以上です』

平淡な口調で言葉が投げかけられ、こちらの返事を待つことも無く即座に通信が切られる。
通信自体は秘匿の非正規回線を使用しているが、万が一にも傍受されることを懸念して、最小限の時間で行うように決めているからだ。

「―――」

彼女たちが進んでいった方向を眺めながら、任務内容を頭の中で改めて再確認する。
そして彼女たちの後ろ姿が完全に見えなくなった後、自分も次の任務の為に動き出した。




(´・ω・`)
さて、また少し期間が空いてしまいましたが、更新となります。
だいたい一か月くらい空いてしまいましたが、書けたのは約6000文字で、やはり10分程度で読めてしまいます。
詰まってる時は10分考えても1文字も書けないんですけどね(ぁ
ちなみに今まで書いた文字数は、全部で約2万文字となっており、だいたい文庫本だと30頁強ほどの厚さになります。
さすがに薄い本よりは厚くなってきたようで一安心。
この調子だと200頁くらいはいってくれそうな予感が致します。

さて。

今回から第二章となり、その第二章のタイトルである『拳は剣よりも強し』 ですが、拳はクロノで、剣の方はもう少し後に出てくる人物を指しております。
とりあえず村に到着するとその方が出てきますので、どんな人かなー、と思いつつ楽しみにしておいていただければなと思います。

さてさて。

今回は視点がころころと変わってしまい混乱を招く感じになっておりますが、おおまかに補足しておきます。

まず、クロノ視点の進行。
クロノが遠征任務に行くことになり、その間、イスカとは離れ離れになります。
で、イスカの代わりにエフィルディアーナもといエフィが遠征任務中でのクロノの指示役となりました。
本人的には割と遠足気分かもしれない。
ボクっこも好きなクロノさん、ぱない。

次に六柱議会視点。
今回も≪六≫の視点で話が進んでおりますが、彼らはクロノの遠征に合わせて、きなくさいことをやりきってしまおうとしている模様です。
とは言え≪六≫は相変わらずというか、楽しければそれでいいというマイペースな感じで、ちらっと計画崩壊も楽しそうなどという危ないことを思っている模様。
今後の彼女の動きですが、私としましてもどうなるのか楽しみです(まて

そして最後に、あの人の視点。
とりあえず今回はプロットには記載していないものを大量にぶちこんだ内容になっており、この子もさっくりと登場。
文章自体は短いですが、この子も≪一≫の命令を受けて色々と任務に従事しているようです。
何やら一気に色々とやっておりますが、大がかりになってきたような気がします。

さてさてさて。

今回の流れをおさらいしてみましたが、なんとなく雰囲気は掴めましたでしょうか。
作者としては色々と気を使って書く回となりましたが、次回からはまた少し話が変わりまして、クロノの幼少時代についての何やら長そうな話が用意されている予感。
幼女クロノを期待されている方は、多少内容がショッキングであること以外を除けば、楽しんでいただけ……る、とは思うんですがね…。
うーん、結構、重たい話になるかもしれませんが、話の流れとしては必要な部分ですので、また手直しをしていきながら書きたいと思います。

・w・)
それでは、まだまだクロノ過去編は長くなりそうですが、気長にお付き合いくださいませ。

・w・)ノシ
スティーナ先生の続編にご期待ください!