★簡単な物語補足
・クロノの任務内容:
クロノは、傭兵ギルドから遠征任務を依頼された。
任務内容は、エフィルディアーナの護衛および補佐として尽力することである。
任務の全体日数は予定では三週間となっており、その内分けは以下のようになっている。
・護衛(行き):
予定日数は二泊三日。←今ここの一日目
道中で原生生物などに襲われた際の護衛を主とする。
・周辺調査:
予定日数は三日~四日。
原生生物の分布図に変わりがないかどうかなどを調査する。
また、簡単に植物の群生状態などから地質調査なども行う。
・健康調査:
予定日数は約十日間。
エフィが村民全員の定期健康調査を行う。
・護衛(帰り):
予定日数は二泊三日。
この中でクロノが活躍するのが道中の護衛と周辺調査。
健康調査任務中はエフィの補佐をすることはあるが、基本的には出番はない。
★キーワード補足
『ルニア村』:
遠方かつ山奥にある村だが、湯治の村として有名。
村民は農業や畜産に加えて狩りなどをして生計を立てている。
村長の意向でギルドとは積極的な交流が図られている。
≪クロノ Side≫
――ギルドからルニア村への遠征任務の通達を受けた初日。
エフィルディアーナ、もとい、エフィと共にギルドを発ってから、道中で適当に何度か休憩を挟みながら、かれこれ四、五時間は歩いているだろう。
日は傾き、赤褐色が混じり始めてきていた。
あともう数時間もすればどっぷり夜になってしまうだろうとクロノが思い始めていた矢先に、ふとエフィが足を止め、大きく伸びをした。
「おー、わりと早くここまで着いたよー」
そう言って小さな家なら建つ程度の開けたスペースの中心にまで歩いていき、エフィが荷物をおろす。
そして何度か肩を回しながら、こちらに振り返って疲労を見せない無邪気そうな笑みを浮かべた。
「よーし、テント建てよっか―」
どうやらここが初日の中継地点のようだ。
さっきまで獣道と言われても疑いようのない小道を進んでいたせいか、心なしかホッとした。
右も左も鬱蒼とした森を進むのは否応なしに常に緊張を強いられるため、知らず知らずのうちに気疲れしていたらしい。
とはいえ、出発前に抱いていた心配が全て杞憂に終わったのは幸いだった。
道中で原生生物と鉢合わせるようなこともなく、山沿いに迂回するような行路だったが急な天候変化に見舞われることもなかった。
「ほらほらー、こっちこっちー」
エフィはこちらに手招きをして荷物を下ろすように指示し、その中から簡易テントを引きずるように取り出した。
「いやー、前回はガルフにちょっかい出されるは、急な雨に打たれるはで結構ひどかったんだよねー…」
「それはまた災難じゃな…」
「しかも相方は無口で、話しかけても最低限しか話してくれないしー…。あー、今回は楽しいなー…」
遠い目をして呟きながら、慣れた手つきでテントを器用に組み上げていく。
「あー、そっち持って―」
「うむー」
エフィに指示されながらテントを組み立てていくと、十五分ほどで設置することができた。
彼女は一息つくと、手ごろなところに敷物をしいて、その上にぺたんと座り込む。
自分も倣って、向かいの空いたスペースに腰を下ろした。
「ふー、毎度のことだけど小さいから苦労するよー」
力も無いからねー、とエフィはそう言いながら、首にかけて持ってきていた木製の水筒の蓋を開けて液体を蓋に注ぐ。
「……ほう…よい香りじゃな…」
「ん? あ、薬草を煎じて飲み物にしたものだけど飲むー?」
自分の呟きに気付いたエフィが、飲まずにそれをこちらに差し出してきた。
「あ、いや、大丈夫じゃ。催促したわけではないんじゃよ」
「量はたくさんあるから気にしないでー。無くなればまたお湯を沸かして作るから大丈夫だよー」
「ふ、ふむ、それじゃあ、少しいただくかの」
すまぬ、と断りの一言を口にしてから、飲み物を手渡してもらう。
手渡された飲み物を口に含むと、薬草の少しきつい香りが鼻を抜けていき、飲み干すと微かに身体がぽかぽかと温まるような気がした。
そのことをエフィに言ってみると、彼女は嬉々とした表情でこちらの顔を覗き込んできた。
「亜人にも同様の効果があるんだねー! フォトン適正が高いってこと以外は僕たちと同じなのかなー!」
もし彼女に尻尾があるなら、それがわさわさと忙しなく揺れていたことだろう。
それくらい興味深そうに彼女は、わしの額や頬をぺたぺたと触りながら鼻息を荒くしていた。
「(何やらオルランドに近いものがあるのう…)」
そんなことを思いながらされるがままにされていると、ふとエフィが今までとは違った感じの不思議そうな表情を見せる。
「あれ、おかしいなー…」
「何がじゃ?」
「出発前にも話したけど、君は駄目な感じの子供好きじゃないのー? 僕みたいなのが守備範囲じゃないのー?」
「……さすがにわしも理性とかぐらいは備えておるぞ…? それにその見解には誤解が――」
「ふふ、僕としてもその理性が保たれることを祈ってるよー」
あまり深くは考えていないのか、エフィはこちらの言いかけた台詞ごと軽く笑い飛ばして食事の支度を始めた。
と言っても、川魚の干物や包んでいた握り飯を荷物から出す程度のものだ。
♪
すっかり暗くなった森の中。
火がぱちぱちと小枝を鳴らす音を耳にしながら、その明かりを頼りに食事を摂っていた。
「料理は苦手なんだよねー…。君はどう?」
「燃えないゴミが出来おる」
「なんで不燃物ができちゃうのかなー…」
さすがに僕もそこまでひどくはないよー、とエフィに少し呆れられてしまう。
しかし事実なのだから仕方ない。
こと料理に関してはイスカから、駄目な方での絶対的な信頼を得ている。
「まあいいやー、食べて寝よー」
もぐもぐと握り飯を咀嚼しながら、干物をかぶりつく彼女を見ながら、自分も食べ始める。
「そう言えばクロノ。まだ会って間もない僕が聞いてもいいのか分からないけれど…」
「ふむ」
「……その、君はどうして――最後の亜人なんてことになっちゃったんだい?」
その言葉に、思わず手の動きを止めてしまう。
「……それもイスカが寄越したデータとやらに書いてあったんじゃろうか?」
視線を手の握り飯からエフィへ向けると、彼女は、はっとした表情を浮かべて気まずそうに顔を逸らした。
「い、いや、違うよ。これは僕が個人的に調べたものなんだ。ああ、でも、でもね? だからといってイスカちゃんを信用してないわけじゃないからね」
自分は思ったより怖い顔をしていたのだろうか。
エフィは会ってから今まで一番慌てたような表情を浮かべ、ぶんぶんと首を横に振った。
自分の額に指を当ててみると眉間にしわができており、無意識に表情を硬くしていたらしい。
「……ああ、すまぬ。あまりに唐突な話題だったものじゃったからな…」
「う、うん。ごめんねー…。僕って、こういうことに気遣いができなくって…」
その後は、なんだか少しだけ気まずい雰囲気を引きずったまま食事を済ませ、一言二言と言葉を交わしただけでお互いに眠りについた。
同じテントだったので気まずさでしばらくは眠れないかと思ったが、横になるとすぐ眠気が襲ってきたため、その眠気に逆らわず目を閉じることにした。
――そして、気付けば意識は夢の中へ。
きっとエフィにあんなことを言われたからだろう。
その日の夢は、”あの日”を追いかけるようなものだった。